大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)1186号 判決 1988年7月15日
控訴人(原告) 小西萬右衛門
被控訴人(被告) ノーザンウール株式会社 外一名
原審 大阪地方昭和六〇年(ワ)第三五一五号(昭和六一年五月二三日判決、一八巻二号一三三頁参照)
主文
控訴人の本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2(一) 被控訴人らは原判決添付別紙イ号物件説明書記載の物件を製造し、販売してはならない。
(二) 被控訴人らは控訴人に対し、各々金五〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年五月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は一、二審とも被控訴人らの負担とする。
4 右2項はこれを仮に執行することができる。
二 被控訴人ら
主文と同旨
第二当事者の主張
当事者の主張は次のとおり付加、訂正、補充するほか、原判決事実摘示及び、同添付の「イ号物件説明書」「昭五八―二五七六九特許公報」記載のとおりであるからこれを引用する。
一 原判決三枚目裏末行(編注、一八巻二号一三六頁五行目)の「作用効果」の前に「本件特許発明の課題と解決手段(発明の構成)並びに、」を付加し、同四枚目表一行目(同上、一三六頁六行目)の前に次のとおり付加挿入する。
「(1) 本件発明の目的は繊維処理機械から排出された屑物繊維を分離除塵して有用繊維を回収するものであるが、従来は単独除塵装置乃至繊維機械併設装置としてテーカインローラとシリンダやケージローラによる間接吸引方式によつており、シリンダ方式では回収処理能力がシリンダに規制され、またケージローラ方式では広い設置場所を必要とし、吸着繊維量がふえるとフアンの吸引力が落ちる等の欠陥があつたところ、本件発明は直接吸引方式として分離板(モートナイフ)と覆板で構成される回収繊維通路に吸引フアンと直結した主吸引ダクトを下向延長させて接合させたもので、仮に右不可欠の要素である吸引フアンに直結した主吸引ダクト、分離板、覆板が公知であつても、これらの組合せとしての構成要件が新規性があるため登録されたものである。右の組合せによる構成要件が本件発明の最重要要素であつて、このことはいずれも、明細書の特許請求の範囲(一欄最下段から二欄四行目八ないし一二行目)と詳細な説明欄(三欄二九ないし三四行目、六欄二二ないし二七行目、七欄一六ないし二一行目)に明記されているところより明らかである。そしてストリツピングローラは、通常一・五%程度の油脂分を含むカシミヤ繊維等絡まり易いものの場合において本件発明の課題である繊維回収効率の向上をはかるためには不可欠であるが、絡まらない繊維のときは必要でない補助的手段というべき要素である。」
二 同四枚目表一行目(同上、一三六頁六行目)冒頭に「(2)」を、同五枚目表一行目(同上、一三六頁一八行目)末尾に「かくして、本件の直接吸引方式により、従来装置に比べ、約三倍程度能率が改善された。」を各付加する。同六枚目裏九行目(同上、一三八頁九行目)の「本件明細書」を「本件特許出願書添付明細書(以下「本件明細書」という)」と訂正し、同七枚目裏四行目(同上、一三九頁一行目)の「記載」の次に「及びそれに至る審査過程での補正」を、同六行目(同上、一三九頁一行目)末尾に「したがつて、本件において包袋禁反言の原則は酷に過ぎ適用の余地がない。」を各付加する。
四 同九枚目表末行(同上、一四〇頁五行目)冒頭から、同裏一行目(同上、一四〇頁五行目)の「であり」までを次のとおり訂正する。
「(四) 右のとおりイ号物件は、(1)本件発明と同一の技術思想に基づきながら、特許請求の範囲の内の一つで比較的重要度の低いストリツピングローラを省略し、(2)本件発明が既に公知であるが故にこれに基づいて右省略することが極めて容易であり、(3)右省略することによつて本件発明より効果が劣ること(短繊維の低級品しかえられないこと)が明白であつて、技術の完全を期する限りこのような省略をする筈がないと推認されるものであり、換言すれば、本件特許請求の範囲を知つてこれから逃れるために敢えて技術的に劣る事の明らかな手段を採用したと推認されてもやむをえないうえ、(4)右のような改悪によつてもなお本件発明出願前の技術に比べて作用効果上特に優れたものである(繊維回収効率自体は従前技術に比べ約三倍である)よつて」
五 同一一枚目裏八行目(同上、一四二頁一行目)と九行目(同上、一四二頁一行目)を次のとおり訂正する。
「 以上のとおりであるのに、控訴人は直接吸引方式なる公知装置の組合せが本件発明の特徴であるというが、もともと明細書に明記なく、本件発明における分離板、覆板、ダクトの公知性が判明したためにはじめて主張し出したものであり、右組合せですら既に公知(次項(三)の両発明に記載されている)であつたものであり、また、ストリツピングローラを任意的といえないことは『請求の範囲』優先の法原則に基づき明らかである。
2 本件発明の構成要件(4)と(6)が必須の要件であり、控訴人自身もそう認識していたことは本件特許出願の審査過程により明らかである。すなわち、」
六 同一三枚目表四行目(同上、一四二頁一八行目)の「と主張した。」を「『本願は繊維原料や処理繊維中から再利用可能な繊維を分離して取り出すための単独開繊分離装置として開発したものであり、且つその要旨は別途に提出しました手続補正書によつて明確にしました様に、これらの引例に示されていないのみか示唆もない新しい構成部分を組み合せることによつて目的を達成せしめた開繊分離装置を開発したものであります』とのべ、『ストリツピングローラ及びそれに接続する吸引ダクト』に関する事項にこそ新規性があることを明らかにし、さらに、第二回拒絶に対する昭和五八年一月一七日付手続補正書において、請求の範囲の補正と同時にこれに合致させるため、明細書一二頁三ないし四行目に『分離ローラには単独でも本発明を満足されることはできるが』とあつたものをそのうち『単独』以下の部分を、同頁七行目に『したがつて図示するようにストリツピングローラ(13)を併設することが推奨される』とあつたものを、そのうち『ことが推奨される』を各削除し、また同一三頁一六ないし一七行目の『開繊分離ローラと該ローラに開口して形成した吸引ダクトで剥離するとともに』のうちの二ケ所の『ローラ』の次に『群』を挿入して補正しているのである。」と、同七行目の「である。」を「であつて、ストリツピングローラは任意に設置しうるものではなく、したがつて明細書の詳細な説明欄における控訴人主張の説明箇所は前記補正と同時に当然削られるべきものであつたのであり、この記載の残存が右構成要件の解釈の妨げとなるものではない。」と各訂正する。
七 同一三枚目表一二行目(同上、一四三頁三行目)と一三行目(同上、一四三頁四行目)の間に次のとおり付加挿入する。
「3 不完全利用論は現行特許法三六条五項、七〇条に照らし認めえない理論であるのみならず、本件発明においてストリツピングローラと吸引ダクトの要件は前示のとおり必須不可欠の構成要件であるから、右理論の適用をなしえないことは明らかである。」
第三証拠<省略>
理由
一 当裁判所も控訴人の本訴請求をいずれも棄却すべきものと判断するが、その理由は次のとおり付加、訂正、補充するほか原判決理由説示のとおりであるからこれを引用する。
1 原判決一三枚目裏四行目(編注、一八巻二号一四三頁七行目)の「の構成要件」を「についての本件明細書記載の矛盾」と、同五行目(同上、一四三頁八行目)の「よれば」の次に「本件明細書の記載は別紙特許公報のとおりであることが認められ、同明細書のうち「特許請求の範囲」の記載によれば」を、同一五枚目表三行目(同上、一四四頁一三行目)の「ので、」の次に「原則として」を各付加し、同六行目(同上、一四四頁一五行目)から同裏一二行目(同上、一四五頁一行目)までを次のとおり訂正する。
「三 本件発明の技術的範囲について
1 本件発明におけるストリツピングローラ及びそれに接続する吸引ダクトに関する右請求の範囲記載の構成要件(三)のうち被控訴人ら主張の(4)と同(四)のうち前同(6)の構成要件性とその重要性についてみる。
特許権は、出願人の出願時の認識の限度をこえて与えられるものではないから、出願経過における出願人の意見、補正にあらわれる認識は特許請求の範囲の解釈において重要であり、また当該特許が出願時の公知技術下におけるいかなる課題の解決を目的としたものであるかも右同解釈に重要であるところ、成立に争いない甲一五号証の一ないし九、原本の存在及び成立に争いない乙六号証、弁論の全趣旨により成立を認める甲三号証、控訴人の本人尋問結果により成立を認める同一二ないし一四、同一九号証及び同尋問結果によれば、本件発明出願当時の屑物繊維を分離除塵して有用繊維を回収するについての科学技術的課題は請求原因2(二)(1)のとおりであつて、本件発明の目的が回収効率をより高める手段の創造にあつたところ、本件特許出願当時、昭和五二年一〇三五三一号特許公報において、テーカインローラの周囲を覆板とモートナイフ(分離板)でおおい吸引ダクトに連結する組合せが開示されていた(その吸引手段の相違はともかくとして)ことが認められ、右を覆すに足る証拠はない。
2 ついで、前記目的にかかる本件発明の出願経過について、前掲乙六号証、成立に争いない甲七号証の一ないし一三、原本の存在及び成立に争いのない乙七号証、前掲本人尋問結果によれば、控訴人は出願手続に暗らく、文書作成能力に自信がないため、本件出願手続一切を、弁理士でない素人であるが手続にくわしい知人の荒木某に一任して来たところ、第一回、第二回の出願拒絶を受け、その都度右荒木に意見書提出補正を依頼し、二度目については全部一任し、事前、事後の相談を経ずに処理するにまかせていたところ、その経過、及びそこで控訴人代理荒木により提出された意見書、明細書の補正内容は被控訴人の主張2(一)ないし(三)のとおりであると共に、第二回拒絶理由に対する意見書の中で次のとおり意見をのべていることが認められる。」
2 同一六枚目裏七行目(同上、一四六頁二行目)から同末行(同上、一四六頁五行目の「原告は、」まで)までを次のとおり訂正する。
「 以上のとおり認められ、更に前掲証拠によれば、控訴人自身も本件発明中のストリツピングローラ及びそれに接続する吸引ダクトが絡まり易いカシミヤ繊維等では不可欠のものであると本件特許権出願当時から認識していたことが認められ、他方、右ストリツピングローラと吸引ダクト装置がなくても繊維回収効率が従前技術と比較して約三倍向上した点については、同旨の控訴人の本人尋問結果は根拠資料の立証が伴わないので俄かに措信しがたく、他にこれを認めるに足る証拠がない点を総合すれば、控訴人代理荒木某は是非とも出願登録を得るために敢えて、」
3 同一七枚目表八行目(同上、一四六頁九行目)から一〇行目(同上、一四六頁一〇行目)までを次のとおり訂正する。
「3 以上1、2を総合すれば、控訴人代理荒木は本件特許出願において、対象繊維の如何を問わず従来の技術より常に回収効率を高めるため、及び第二回拒絶理由で控訴人主張の直接吸引方式のうち、吸引手段を除くダクト覆板、分離板の組合せによる吸引装置が公知例として指摘された関係上、この指摘をかわすための不可欠の発明構成とするため、以上の両目的のために、効率の高い開繊分離回収装置としてテーカインローラ及びこれをおおう分離板付覆板と吸引ダクト及びストリツピングローラとこれに結合する吸引ダクトの結合体としての構成を選択し、本件発明の必須不可欠かつ重要な構成として意識的に限定したものと推認すべきである。
なお、本人たる控訴人が本訴主張同旨の認識をもつていたとしても、荒木に出願手続一切を一任していたのであるから、また、控訴人主張の記載が本件明細書中に存するとしても、前示の本件明細書の補正の経緯と内容及び出願手続が専門家でない素人によりなされたことに照らし、いずれも右推認を妨げるものではなく、他に右推認の妨げとなる事情は証拠上認められない。
4 以上の次第で、前二及び右1ないし3を総合すれば、本件発明の技術的範囲は前二1のとおりの構成要件全部及び、それらの結合であるというべく、これに反する前掲甲三号証(江口俊夫の鑑定結果)及び控訴人の主張はとりえない(以下、右認定の二1判示の構成要件を「本件発明の構成要件」と、個別的に「本件発明の構成要件(一)」などという)。」
4 同一七枚目表一一行目(同上、一四六頁一一行目)から末行(同上、一四六頁一二行目)までを次のとおり訂正する。
「四 イ号物件と本件発明の対比について
1 請求原因3は、原判決別紙イ号物件説明書記載の説明文及び図面を含め、当事者間に争いがない。そして、同説明書記載によれば、イ号物件の構成は右説明書三の(1)ないし(7)のとおりの構成(以下「イ号物件の構成(1)」などという)に分説するのが相当である。
2 イ号物件の構成(3)(4)と本件発明の構成要件(三)(四)とを対比するに、前者は後者のうちストリツピングローラ及びそれに接続する吸引ダクトに関する構成を欠如していることは明らかである。
3 イ号物件構成(5)(6)と本件発明の構成要件(五)(六)との対比についてみる。
5 同一七枚目裏一行目(同上、一四六頁一三行目)の「1」を「(一)」と、同三行目(同上、一四六頁一四行目)の「(五)」を「(5)」と、同七行目(同上、一四六頁一六行目)の「(六)」を「(6)」と、同九行目(同上、一四六頁一七行目)の「2」を「(二)」と、同末行(同上、一四七頁一行目)の「(一)」を「(1)」と、同一八枚目表一〇行目(同上、一四七頁六行目)の「(二)」を「(2)」と、同裏一二行目(同上、一四七頁一四行目)の「2」を「(三)」と、同一九枚目表一二行目(同上、一四八頁三行目)の「4」を「(四)」と、同行(同上、一四八頁三行目)の「構成(五)(六)」を「構成(5)(6)」と、同末行(同上、一四八頁三行目)の「しない。」を「せず、したがつて結局、イ号物件は本件発明の技術的範囲に含まれないという外ない。」と各訂正し、同末行(同上、一四八頁三行目)の次に以下のとおり付加挿入し、同裏一行目(同上、一四八頁四行目)の「七」を「六」と訂正する。
「五 不完全利用について
仮に現行法下において、不完全利用論が控訴人主張の(1)ないし(4)の要件に基づく理論として採用しうるとしても、前示のとおり、本件発明の構成要件(三)(四)のうちストリツピングローラ及びそれに接続する吸引ダクトに関する構成要件は必須かつ重要な要件であつて付随的補助的なものではないのであり、さらに、右はさておくとしても、控訴人主張の(3)及び(4)の要件が本件で充足されることを認めるに足る証拠はない。
よつて、いずれの点からも不完全利用の主張は理由がない。」
二 以上の次第で、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であつて、本件控訴はいずれも理由がないというべく棄却を免れない。
よつて、民訴法三八四条、九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 安達昌彦 杉本昭一 三谷博司)